突然ですが、皆さんは大切にしているものってありますか?またそれは何ですか?
ちょっと質問が抽象的すぎたかもしれません。大切にしているものといっても、それが物なのか形のないものなのか、人それぞれ思いつくものは様々ありますよね。
そこで、今回はモノはモノでも“目に見えるもの、形あるもの”という前提で話を進めたいと思います。たとえば、
- お気に入りの食器たち
- 想い出の写真
- 育てているお花や植物
- データがたくさん入ったPC
- 素敵なアクセサリーや靴
- 大好きな洋服
といったもの。
これらはいずれも形ある物で、それぞれ思い入れは違えど大切に扱い、間違っても自ら壊したり捨てたりしないようなものではないでしょうか。
- モラ夫が大切なものを壊す・捨てる行為は偶然ではなく、日常の中で「何が大切か」を確認するステップを踏んでいること
- 大切なものを壊された筆者の体験から見える、物を壊すことで相手の心を傷つけるモラハラの手口
- 大切なものを壊されたとき、傷ついているのは物だけでなくあなたの心そのものだということ
わたしが大切にしていたもの
わたしにも、もちろんお気に入りの食器や洋服などはありました。(少なかったけれど)
ただ、それ以上に大切にしていたのが、前撮りの写真と結婚式の誓いの証明書でした。
写真は二人が笑い合っているもの、誓いの証明書は二人のサインはもちろん、両家の親や列席者のサインも入っているもの。写真は可愛い写真立てに入れて、証明書と共にいつも見えるところに飾ってありました。
どんなにケンカをしてもそれを見ると初心に帰ることができ、「まだこの人と頑張っていこう」と思えたものです。それは自分の気持ちを持ち直すための、一つのツールだったようにも思います。
STEP1:モラ夫はまず、あなたが何を大切にしているかを探る
たとえば、道端でもらったティッシュを捨てられたとしても、嫌な気持ちにはならないと思います。捨てようかなと思っていたチラシを破られたとしても、悲しくはないですよね。
相手が何を捨てられたら・何を壊されたら憤るかということを、モラ夫は日常的に探しています。そして、それが何であるのか知るために、ときにこのような会話で確認をしてくるのです。
それは、言い合いになったりモラ夫の気に入らないことがあると、何の脈絡もなく発せられます。
この会話から、わたしが写真たちを捨てられたら嫌だ=大切にしている、ということが分かりますよね。直接「この写真はわたしの大切なものです」とは言っていなくても。これがモラ夫の確認方法なのです。
大体の場合、一緒に生活をしていれば、それが相手にとって大切なものかはある程度分かります。そして、そもそも明らかにゴミではないものを「捨てるぞ!」なんて言いません。
このように、モラ夫は相手にとって何が大切な物なのか、何を捨てられたら嫌なのかを、日々の会話の中で探っています。本人が意識的にやっているのか無意識でやっているのかは分かりませんが・・・
STEP2:ターゲットが決まったモラ夫は、それを躊躇なく壊す
モラ夫にとっては、「相手の大切にしているもの」という攻撃のツールをゲットできたわけです。となると、後は行動に移すのみ。
わたしの場合、ターゲットは先ほどお伝えした前撮りの写真と結婚式の誓いの証明書でした。
ケンカをした翌日、家に帰るといつもの場所に写真と証明書が無い。
家の中を探してもどこにもありません。そして、本来ならそんなとこには無いはずの場所でそれらを見つけました。それは、
ゴミ箱です。
証明書はそのままゴミ箱に放り投げられ、写真に至ってはビリビリに破って捨ててありました。あまりにもショックで言葉が出てこず、ただ呆然と立ちすくんでいた気がします。大切にしている写真を破って捨てるということが、わたしには信じられませんでした。
その精神的ダメージはあまりにも大きく、しばらくその場に立ったまま、動けなかったことを覚えています。
「彼はなんでこんなことができるんだろう」
怒りより先に、そんな考えが頭に浮かびました。ビリビリに破かれた写真の断片を拾い集めながら、「この人は、わたしのことをなんだと思っているんだろう」と。
二人で笑って写っている結婚式の写真を、ビリビリにして捨てるという行為。
わたしにはとてもできないし、しようとも思わない。大切にしているものを壊すという行為が、どれだけ相手を傷つけるかを、きっと彼は想像すらしていないんだろう。
そう考えると、怒りと同時に恐怖さえ感じてきました。写真を破られたことより、「この人はそういうことができる人なんだ」ということを実感した瞬間でもあります。
信頼というものは、パートナーとの間で積み重ねていくものだと思っていましたが、わたしと彼の間の認識は違っていたようです。
無惨に捨てられたゴミ箱から誓いの証明書を拾い上げ、破られた写真の断片を集めて、それを抱えながら、心のどこかで「これはもう終わりかもしれない」と感じていたことを、今でもはっきり覚えています。
ただ同時に、「でも、わたしがこんなところに置いておいたのも悪かったのかもしれない」という、自己否定の気持ちも芽生えてしまったのです。
壊されたのは物だけではありませんでした。
パートナーへの信頼も、自分の中の正常な判断力も、少しずつ崩れていくことになったのです。
わたしの場合は写真でしたが、大切にしている食器を割られたり、育てているお花をむしり取られたりされている方もいるでしょう。
物が壊れたその日、心にも深い傷がついた
もしあなたが、パートナーにものを壊された経験があるなら。
「物が壊れただけだ」「また買えばいい」「大げさかな」と自分に言い聞かせていたりしませんか?
その感覚は、わたしにもありました。なぜか物を壊された自分の方が我慢してしまうんですよね。
でも本当は、物を壊されたことよりも「わたしが大切にしていたものを平気で壊せる人と一緒にいること」の方が、ずっと大事な問題なんです。それは、渦中にいると自分ではなかなか気がつきにくい。
モラハラ・DVの関係の中で、物を壊す・捨てるという行為は「相手への攻撃」として意図的に使われることがあります。偶然ではないし、「つい感情的になってしまっただけ」でもない。
相手はあなたが何を大切にしているかを把握した上で、それを使って傷つけようとしている。怖い話ですが、これが現実です。
「たかが物のことで」と思わないでほしい。あなたが大切にしているものを、あなたの前で壊せる人が、あなた自身のことを大切にできるのでしょうか?
物を壊されたとき、捨てられたとき、少しでも心に傷がついたと感じたのならば、その感覚をどうか「気のせい」にしないでください。あなたの感覚は、きっと正しいはずです。
大切にしていた写真を破って捨てられたこと、それはわたしにとても大きなショックを与えました。ただ、じゃぁまた同じものを用意されたらいいのか?写真はデータがあるからまた印刷して飾れるよ!証明書はゴミ箱から戻せばいいじゃないか!
そんなことはないですよね。
形ある物は、大切にしていたとしても、ひょんなことで壊れてしまうこともあります。劣化もします。それは仕方のないことでしょう。そして、目に見えるもの、形あるものにこだわりすぎると、時として間違った方向へ進んでしまうこともあるのです。
わたしは、自身の体験から大切なのは物ではないと痛感しました。
相手の大切にしている物を平気で捨てたり壊したりする人。そんなことをする人と、家庭を築いていけますか?これから先も一緒にいたいですか?
あなたが大切にしている物を、モラハラパートナーの手で壊されたとき。それは目に見える物が壊れただけではありません。見えないけれど、あなたの心にも大きな傷がつき、それはいつか崩壊してしまうこともあるのです。
本当に大切なものは何か?ということを、もう一度思い出してみてください。
![]()
人気ブログランキングに参加中です。いつも応援クリックありがとうございます。


