わたしはコーヒーが大好きです。それもブラックコーヒー。今では砂糖やミルク入りのコーヒーを飲むことはほとんどなくなりました。
でも実は、ずっと甘いミルクコーヒーが好きだったんです。紅茶はいつも甘いミルクティー。コーヒーも砂糖いっぱいのカフェオレがお気に入りでした。
ブラックコーヒーが飲めるようになったきっかけは、「砂糖ばかり摂ってるから太るんだ」と言われたこと。「このやろう」と思って、それを機にブラックコーヒーを飲み始めました。たしかに砂糖の摂り過ぎは体にとってあまりいいことではないですね。言い方は腹立たしいことこの上ないですが、そこは納得。
今思うこと。
ブラックコーヒーが飲めるようになったことだけは良かった。
- 一度は別れを決断できたのに、なぜ戻ってしまったのか——「結婚しなきゃ」という焦りが判断を狂わせた話
- SNSの結婚式イメージに引っ張られ、違和感を無視して突き進んでしまった経緯
- 結婚式は「やめる勇気」をいつでも持っていい——既成概念にとらわれないでほしいということ
結婚前に一度別れていた——あの頃感じていたおかしさの正体
前回のお話はこちら。
結婚するまでを振り返ると、一度別れていたことを思い出しました。
今でこそ数々の諸行はモラハラのあるあるだということを知っていますが、あの頃はまだ何も知らなかった。
迎えにきてくれたものの突然車内で怒鳴り出し、クラクションを鳴らして荒くなる運転。あまりに怖くて「ここで降ろして」と伝えると、夜中にも関わらずそのまま道に置き去りにされたこと。(まぁわたしが降ろしてって言ったんですけど)
楽しみにしていたご飯の約束。おしゃれをして待ち合わせ場所に向かったものの、再びデリカシーのない発言。それにこちらが怒ると逆ギレをし、せっかくのディナーもキャンセル。
こんなことが続き、悩みに悩んだ挙句、わたしから別れを告げました。
今だから言えること。
あの頃のわたし、その決断は正しかったよ!
付き合っているときのちょっとした違和感は大切にするべきです。自分の中で「何かがおかしい」と思ったら、それを見過ごさないで。大体その感覚は合っていると思います。
結婚してからモラハラやDVに気がつきました!と言う人も、多分結婚前には多少の「ん?」という違和感や「あれ?」っといった第六感みたいなものはあると思います。
わたしはその感覚がバリバリあって、一度は意を決して安寧の地に逃げることができたのに。
なぜ違和感を無視して戻ってしまったのか——「結婚」への執着が判断を狂わせた
悩んだ挙句の別れだったにも関わらず、結果そこからヨリを戻して結婚までします。
今思うと不思議でたまらないこの行動も、あの頃のわたしは“結婚”というものに過剰な憧れを抱いていたので、すべての違和感を無視して突っ走ったのでしょう。
バカやろう。大バカやろう。
ヨリを戻した理由を正直に書くと、「結婚すれば変わるかもしれない」という希望、「年齢的にもう次はないかもしれない」という焦り、「ここまで時間をかけた相手をゼロにしたくない」という執着などがありました。
あと、もうひとつ。
「悪いところもあるけど、いいところもある」という思い込み。
これが一番厄介だった気がします。
モラハラ気質の人だって、少なからず好いた相手。そりゃいい面も持っています。面白くて、一緒にいると楽しいときだってある。だからこそ、「悪い部分だけじゃない」と思えてしまう。
でも今なら分かる。
いい面と悪い面を足し引きして判断するのは、まぁ割と一般的な人間関係においてもあるかもしれない。でも、相手を傷つける言動が繰り返されている場合、「いい部分があるから」はもう理由にならない。
当時はなかなか気がつけなかったけれど、これは本当にそう。
一旦は自分の感覚を信じてサヨナラできたにも関わらず、自ら再び暗黒の地へ落ちたわたし。周りも呆れるほどの盲目っぷり。
周りはほとんど結婚したし、わたしも三十路までに結婚をしないとダメだ。嫌なところもたくさんあるけど、結婚すれば経済的に将来安泰だし、結婚すれば相手も変わるかもしれないし。
周りから「絶対に変わらない」「やめとけ」なんて言葉は耳にタコができるくらい聞いたけど、そんなことはお構いなし。
いや、正確にいうと、ほんの少しの罪悪感?違うな。なんだろう。
そう、あれだ。マンガでよくある天使と悪魔。わたしの中にも天使と悪魔がいた。
天使は言う。「周りの人もみんな心配して助言してくれてるし、考え直したら?」
悪魔は言う。「将来安泰だし憧れの結婚もできるし、そのまま進んでいいんじゃない?」
結果、わたしは悪魔の手に落ちてしまった。
大バカ。
なんて、今思い返せば笑い話のネタにもなるけど、あの頃は必死でバカやろうにならないようにもがいていたんです。このまま進めば、わたしもいつか幸せになれると信じていました。
誰もが皆、結婚するときに別れを想像する人なんていないですよね。
SNSに影響されたゴージャスウェディング
結婚すると考えるのは結婚式。
例に漏れず、わたしも結婚するからには結婚式を挙げたいと思っていました。むしろ、結婚式をしないと!くらいの勢いです。
あれだけ「やめとけ」要素満載の結婚。
少なくとも、やるなら親族だけのこじんまりとした結婚式が無難でしょう。
ただ、めでたく「ハッシュタグプレ花嫁」になったわたしは、日々のSNS巡回により、まんまと理想の結婚式イメージが固まってしまっていました。
- 1組限定
- ハウスウェディング
- 参列者はたくさん
- ウェディングドレスにカラードレス
- 手の込んだ招待状や席次表
- 自己満足たっぷりの生い立ちビデオ
- おしゃれで映えるコース料理
- ガーデンテラスでのケーキ入刀
こんな結婚式がしたいを具現化したものは、王道のTHE WEDDING。
家族や友達も、わたしが決めたことだからといって祝福してくれましたが、内心複雑だったに違いありません。わたしが家族や友達の立場だったらと考えると、胸が痛みます。
自分が実際に経験したことですが、今思い返すと小っ恥ずかしい演出の数々。結婚式ビジネスに引っ掛かって無駄にしたお金。
黒歴史の1ページとなりました。
直前まで揉めた挙句に決行された結婚式
結婚式が決まってからも、順調にことが運ぶなんてはずもなく。
「お前とは結婚したくない」
「結婚式やめる」
など、その他にも散々罵詈雑言を浴びせられたにも関わらず、どうしても決行したかった結婚式。もはや病気です。結婚式したい病。
親に泣きながら「どうしよう」と相談した当時のわたしは、娘からそんなことを聞かされた親の気持ちなんて考えられる余裕もなく、ただただ暗黒の沼地へズブズブと落ちていくだけでした。
ウェディングプランナーの前で揉めたこともたくさん。相手はビジネスなので一生懸命取り持とうとしますが、それがさらにわたしを「もう後戻りはできない」気持ちにさせたのでしょう。
みんながここまで協力してくれているのに。
もうお金を払っている部分もあるのに。
結婚式やめますなんて恥ずかしい。
あとから考えると、これは「サンクコスト」の罠そのものらしい。
サンクコストというのは、すでに払ってしまったお金や時間のこと。回収できないのに「もったいない」という気持ちで判断を誤ってしまう状態。
結婚式の予約をしてしまった。お金を払い始めてしまった。招待状を送ってしまった。だからやめられない。
でも、本当は逆。
やめるなら早い方が傷が浅い。続けるほど、失うものは増えていく。ただ当時のわたしはそれが分からなかった。「ここまで来たらやめられない」という感覚でどんどん自分で自分を縛っていた気がします。
もし今、あなたが同じような状況にいるのなら。
お金をかけたから、ここまで準備したから、だからやめられない——その気持ちはとても自然なもの。でも、その「やめられない」という感覚があなたをさらに深みにはまらせているとしたら、ちょっとだけ立ち止まって考えてみませんか。
【モラハラに悩んでいるすべての人へ】あの頃のわたしへ
結婚や結婚式は、絶対にしなきゃいけないなんてものじゃない。ふたりが仲良く幸せであれば、結婚や結婚式なんてしなくてもいい。したから幸せになれるなんてことはない。
もちろん、女の子が憧れる気持ちはよーく分かる。人生で一度は経験してみたかったりするよね。
でも、よくよく考えてみて。
結婚式はそんなにお金をかけてやるもの?誰のため?結婚式をやると決めたら中止にはできないの?
そんなことはない。
結婚式をやると決めてもいつだってやめることはできる。もちろんキャンセル料はかかっちゃうけど、結局ダメになるならその結婚式代すらマイナスよ?
そもそも結婚式はしなくても大丈夫。やりたかったらささやかなパーティーだけでもいいんじゃない?
既成概念にとらわれないで。
周りに流されないで。
いつでもやめる勇気を持って。
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