昔は、新婚さんが登場してあれやこれやとおもしろトークを繰り広げ、最後にはゲームでハワイかタワシか!?みたいな番組をよく見ていました。
そこには笑いあり、感動ありの、新婚さんエピソードがたくさん詰まっていました。
でも、あの頃は「頑張ってハワイ当ててくれよー!」なんて出演者を応援する半面、心の中で「もし自分があの場にいて、タワシなんて当てたらどうなるだろう…」とひそかに怯えたりもしていました。
今?
今だってもちろんハワイ旅行を当てたいです。
でも、もしタワシが当たったとしても、きっと一緒に大笑いしてネタにすることができる、そんな生き方ができています。
今思うこと。
タワシを当てても、怒鳴られない人生もあるんだよ。
- 結婚指輪が「幸せの証」ではなく「鎖」になっていったモラハラ新婚生活の始まり
- 洗濯物のLINEに始まった家事への執拗な指摘——文句を言われないために必死になっていった日々
- ハネムーン期の「褒め」に喜んでしまい、さらに深みにはまっていったという間違った努力の話
新妻は結婚指輪という鎖を手に入れた
前回のお話はこちら。
電車の中や街中、職場やスーパー。
結婚するまでは、左手の薬指に指輪をしている人を見るたび、憧れや焦りが入り混じったどよんとした気持ちになることが多かったです。
スゴイ武器を手に入れている勇者のような、そんなイメージすら持っていたのかもしれません。
左手の薬指に指輪があるだけで、彼女たちはみんな幸せなんだと信じて疑わなかったあの頃。
既婚者であることの証。
結婚前のわたしは、それを渇望していたんだと思います。
ネットや雑誌、SNSで情報をかき集めては、どのブランドが素敵か、長く身につけていても飽きがこないか日々チェックを欠かしませんでした。
結婚をしたら結婚指輪をするべきだという、こうあるべき論に凝り固まっていたわたし。
あれだけ壮絶なことがあったにも関わらず、大金を出して結婚指輪を購入。ふたりの絆を示すかのような結婚指輪を身につけることで、「わたしたちはきっと大丈夫」とでも思いたかったのかもしれません。
しかし、それは幸せを示すバロメーターでもなく、強運を秘めた武器でもない。
ただの鎖と化していったのでした。
洗濯物の干し方でLINEが来た——家事への恐怖が始まった日
新婚さんとして結婚指輪をし、奥さんという称号をゲットしたわたしは、日々思い描いていた「奥さん業」をこなしました。
簡単に言ってしまえば家事です。
掃除や洗濯、毎日の料理に作り置きやお弁当づくり。誰もがこなしている家のあれやこれやが、わたしにとってはどれも楽しい「奥さん業」でした。
フルタイムでバリバリ働きながらの家事ですが、「新妻」ですからどれもしっかりこなさなきゃ!と、張り切っていたのを覚えています。
しかし、それは突然やってきました。
朝起きて仕事へ行く前に洗濯をし、洗濯物をベランダに干してから会社へ向かっていたある日。電車に乗っていると一通のLINEが届きました。
あれだけ洗濯物の干しかたを注意したのに、なんで何回も言わせるんだ!自分の下着を他のやつに見せてるのか!もしそれでお前がストーカーに合ったりしても、俺は助けないからな!もちろんお前が傷つけられでもしたら離婚だ!
このような内容とともに、ご丁寧にわたしが干した洗濯物の写真も添付されていました。
今ならわかります。
これあかんやつや。
人としてアウトな言い方でしょう。
しかし、当時のわたしは健気というかバカというか。頑張って立ち向かおうとしたんです。
「こんな言い方をしないで」「大事な仕事前にこういう話をするのはやめてほしい」という意見とともに、「次からは気をつける」という反省(!?)も記しました。
結果:炎上。
今でもあのLINEを受け取ったときの感覚を覚えていますが、出勤前の電車の中でスマホを持つ手が震え、メッセージを読んだ瞬間に頭は真っ白に。
洗濯物の干し方で、ストーカーに遭ったら離婚、傷つけられたら離婚。
何が起きているのかよく分からなくて、でも早く返信しなければと焦って、とにかく平静を装いながら返信を書いたっけ。
ホームに電車が入ってきて、会社に着いたら仕事をしなければならない。
でも頭の中はずっとそのLINEのこと。仕事中も、ランチの間も、帰り道も。
「帰ったら何を言われるだろう」「洗濯物、ぐちゃぐちゃにされてないかな」「夕飯は何を作れば機嫌が良くなるだろう」
家に帰る前からすでに、頭の中はそんなネガティブな心配事で占領されていました。
この事件から、常に相手の顔色を伺って家事をやるようになったのです。
掃除をすれば、分解しないと汚れがわからない職人級の細かい部分までチェック。洗濯をすれば、お気に入りのシャツの洗い方が気に入らないとダメ出し。料理をすれば、自分が作った方がおいしいと自己賞賛。
楽しかった「奥さん業」は、いつの間にか絶対に手を抜いてはいけないタスクたちに変わっていきました。
モラハラ夫に褒められることの意味
本来、家事というのは夫婦が協力して行うことだと思います。
亭主関白と呼ばれるタイプの夫の中には、「それってモラハラじゃない?」と思うようなことを言う人もいるかもしれませんが、それはあくまでも相手がどう感じるかでしょう。
いずれにしても、自分のことまで家事をやってくれているパートナーに対しては、感謝の気持ちを持ちましょうよ、と個人的には思います。お互いが「ありがとう」と感謝を伝えれば、それだけで不毛なケンカは減るんじゃないでしょうか。
嫌味を言われないように、注意されないようにと家事をやってきたあの頃のわたしは、指摘されたときの嫌な感覚を味わいたくないと、必要以上に頑張ってしまっていたのでしょう。
「文句を言われないように完璧にやればいいんだ」
いつもそう思いながら家事をしていました。きっと、今この瞬間もそんな風に頑張っている人はいると思います。
そんなあるとき、思いもよらないことが起きました。
「お前がつくるご飯はなんておいしいんだ!俺はこんな嫁をもらって世界一幸せな男だよ」
あれだけ執拗に文句や嫌味を言っていたのに、わたしを褒めたんです。
そのとき、なんともいえない嬉しさを感じたことを覚えています。
でも、もうお気づきですよね。
これがハネムーン期だったんです。
モラハラ夫が求める「奥さん」にならなきゃ
「頑張ればそれが認められるときもあるんだ」
「正解したら文句を言われないで済むんだ」
大きな勘違いをしたわたしはさらに頑張るも、もちろん変わらず突然怒鳴られたり嫌味を言われたりするわけです。
前と同じことをしていても怒られる。モラハラ夫に正解はないですから。
それでも、たまにくるハネムーン期に「この人も悪い人じゃないんだけど」と自分を言い聞かせながら、相手が望むような奥さんになろうと努力をしていました。
間違った努力の代表といっても過言ではないです。
今ならわかりますが、モラハラ夫に「正解」はない。
昨日はOKだったことが今日はアウトだし、先週褒められたことが今週は批判される。自分のルールが気分で変わるから、こちらがどれだけ努力しても追いつかない。
「もう少し頑張ればうまくいく」と思えてしまうのは、ときどきハネムーン期がやってきて希望を持たされてしまうから。
でもその「希望」こそが、もっとも厄介なものだったりします。
「あの時みたいに褒めてもらえるように頑張ろう」「優しいところが見られるように、自分の行動を改めよう」と思った瞬間、もうひとつ深い場所に足が沈んでいく。
それはまるで蟻地獄のよう。
努力が報われない場所で、努力し続けることほど消耗することはありません。
常に相手を怒らせないように、嫌なことを言われないように、認められるように「奥さん」をやっていたわたしは、じわりじわりとその術中にハマっていったのです。
足を滑らせたのは自分自身ですが、抜け出そうともがけばもがくほど、どんどん深く飲みこまれていきました。
【モラハラに悩んでいるすべての人へ】あの頃のわたしへ
「奥さん」なんて肩書きになんの意味もないよ。
独立したひとりの人間とひとりの人間が、ともに暮らしを営むこと。結婚は暮らしだから。
便利な掃除道具があったって、最新機種の洗濯機があったて、おしゃれな食器があったって、心穏やかに楽しく過ごせなきゃなんの意味もない。
気持ちよく生活することは大切だけど、そこに恐怖や支配はない。
気をつけてほしいことがあれば、お互い話し合えばいいだけ。
相手の顔色を伺って過ごす日常は、気づかないうちに人をおかしくさせていく。
「#新婚生活」「#新妻」「#奥さん」
そんな肩書きの前に、穏やかな毎日を送れていないその日常が異常であることを気づいてほしい。
![]()
人気ブログランキングに参加中です。いつも応援クリックありがとうございます。
